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東京高等裁判所 昭和60年(行ケ)23号 判決

原告

株式会社 マース・インコーポレイテツド

被告

特許庁長官

主文

特許庁が昭和56年審判第18716号事件について、昭和59年10月11日にした審決を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

1  原告

主文同旨の判決

2  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第2請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和47年8月15日特許庁に対し、名称を「コインの識別方法及びその装置」(後に「コイン識別装置」と補正)とする発明(以下「本願発明」という。)について、1971年8月16日及び1972年1月20日アメリカ合衆国においてした特許出願に基づく優先権を主張して特許出願をしたが、拒絶査定を受けたので昭和56年9月16日審判を請求した。特許庁は、これを同年審判第18716号事件として審理した上昭和59年10月11日「本件審判請求は成り立たない。」(出訴期間として90日を附加)との審決があり、その謄本は同年同月24日原告に送達された。

2  本願発明の特許請求の範囲

被検査コインについての第1の測定を行ない、そして該第1の測定結果を表わす第1の値を有する第1の電気信号を発生する過程、前記第1の値が、前記複数の額面のうちのいずれか1つの額面のコインに対しての第1の測定結果を示すものとして前もつて知られている第1の値から所定の範囲内にあるか否か決定し、そして額面を認定する過程、及び被検査コインについての第2の測定を行ない、そして該第2の測定結果を表わす第2の値を有する第2の電気信号を発生する過程を含む複数の額面のコインを、その額面と真贋性に関して識別する方法において、前記第1の値に依存した手法によつて前記第1及び第2の値を数学的に処理することによつて追加の値を発生させる過程、及び前記追加の値を、前記認定された額面に対応するものとして前もつて知られている追加の値と比較することによつて、前記追加の値が前記前もつて知られている追加の値から所定の範囲内にあるか否か決定する過程を含むことを特徴とするコイン識別方法。

3  審決の理由の要点

1 本願発明は、昭和59年6月25日付手続補正書により補正された明細書及び図面からみて、コイン識別方法に関するものである。

2 当審は、右手続補正に先立ち、明細書(昭和58年9月10日付手続補正書により補正された明細書)の記載に対し、昭和59年2月10日付で拒絶理由を通知した。

右拒絶理由の第1点は、特許請求の範囲に記載された「コインの属性に所定の関係で依存した物理量について該コインを試験して第1の計測値を得、………コインの属性に前記所定の関係とは別の関係において依存し………該第1の計測値についての………固有の相対値を有する………第2の計測値を得る………」は、コインについての何をどのように試験するものか不明であるとするものである。

これに対して、請求人は、本願明細書において、「属性云々」を撤回し、「被検査コインについての第1の測定を行ない………第1の値を有する………第1の電気信号を発生する過程、………被検査コインについての第2の測定を行ない、………第2の測定結果を表わす第2の値を有する第2の電気信号を発生する過程………、前記第1の値に依存した手法によつて前記第1及び第2の値を数学的に処理することによつて追加の値を発生………。」と補正した。

3 そこで、この補正を検討すると、こんどは、「第1の測定」、「第1の値」、「第2の測定」、「第2の値」等の技術的概念が、どのようなものであるのか不明であると認められる。

したがつて、本願は、当審拒絶理由で指摘した他の点を検討するまでもなく、明細書の記載が不備であるので、特許法(昭和60年法律第41号による改正前のもの、以下同じ。)36条4項及び5項に規定する要件を満たしていない。

4  審決の取消事由

審決は、本願発明における「第1の測定」、「第1の値」、「第2の測定」、「第2の値」の技術的概念がどのようなものであるか不明であるとするが、これは誤りである。

本願発明は、特許請求の範囲の記載からも明らかなとおり、1個のコインについて2種の異なる測定を行い、その各測定値を得てこれを用いてコインを識別する方法に関するものである。そして、本願明細書の発明の詳細な説明の項において右コインの識別法の幾つかの実施例を記載しているが、そのいずれにおいても、1個の披検コインについて2つの異なる測定がなされている。第1の実施例では時間(センサー66と67がコインによつて共に遮蔽されている総時間)と(第2センサー67が遮蔽され第1のセンサー66が遮蔽されていない時間)が、右の2種の異なる測定(値)に対応するものである。またそれ以外の測定(値)については本願明細書の5頁15行ないし6頁1行において発振器の周波数変化等を計測値とすることができること、42頁6行ないし12行において加速又は減速場内にセンサーを位置してもよいこと、そして42頁13行ないし43頁8行においても出発点とセンサーとの間のコインの平均速度に依存した時間期間と弦長と速度の関数に依存した時間期間が計測されることが記載されている。

このように、本願発明においては、被検コインの物理的性質について具体的に何をどのように測定するかは個々の実施例に応じて適宜決定すべきものとされているのである。

右のような本願明細書の記載内容に照らせば、特許請求の範囲における「第1」及び「第2」の語は、被検コインについての2つの異なる測定又はその測定に係る値を指称するための表現であることは明らかであり、そして「第1の測定」、「第1の値」「第2の測定」、「第2の値」とは、コインの形状と材質に係る種々の測定のうち本願発明の適用されるよう選択された2つのもの、例えば時間との測定及びそれによつて得られた値を意味するものとして理解されるものである。

そうしてみると、審決が「第1の測定」、「第1の値」、「第2の測定」、「第2の値」の技術的概念が不明であるとの理由により本願明細書が特許法36条4項及び5項に規定する要件を満たしていないとしたのは誤りである。

第3請求の原因に対する被告の認否

請求の原因1ないし4はすべて認める。

第4証拠関係

本件記録中の書証目録の記載を引用する。

理由

請求の原因1ないし4はすべて当事者間に争いがなく、右請求原因事実によれば審決の取消を求める原告の本訴請求は理由がある。

よつて本訴請求を認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して主文のとおり判決する。

(瀧川叡一 牧野利秋 清野寛甫)

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